あるとき、
ふと思ったのです。
『お酒をやめるには、一体どうしたらよいのだろうか』と。
飲んでしまう。
『これって、ヤバイな』と思ってる。
でも、アル中までには
いたっていない。
しかし、
このまま行ってしまうと、
『どうしようもなくなってしまう』んじゃないかと
思っている。
『やめたいのに、やめられない』自分がいる。
これは、
『アルコール依存症』なんじゃないかと、
心のどこかで思っている。
こういう場合、
どうしたらよいのでしょうか。
あまりにヒドイ場合は、
断酒会や
『久里浜医療センター』などの
『専門家』にお願いするしかないと、
わたしは思うのですが、
ここでは、
『そこまでは進んでいない』と思われる、
その入り口にいるかもしれない、
という場合について、
考えてみたいと思います。
『お酒をやめるには、
一体どうしたらよいのだろうか』
わたしが考える答えは、
根性で誘惑を断つとか、
とにかく我慢する、耐える
とかではなく、
ズバリ、
『酒、アルコールそのものを、
心の底からキライになること』だと思います。
『好きなこと』をやめるのはツライ。
『好きなこと』から遠ざかるのは、
気力がいる。
我慢がいる。
根性がいる。
『嫌いなこと』だったら、
そこから逃げていきたい、
離れていきたいと、
わたしは思います。
『酒をやめたい』と思うのだったら、
なぜ、『やめたい』のでしょうか。
『やめたい』という、
何か、自分が
『嫌だ』『キライだ』と
感じる理由があるからこそ、
やめたいのに、
どうしてやめられないんだろうかと
悩むのではないでしょうか。
わたしが『酒をやめたい』と思ったのは、
酒の量をコントロールできなくて、深酒し
翌朝出勤できなかったり、
お財布を入れたバックを、
スーパーに置き忘れたまま帰ったり、
飲んでいたために、
大切な話し合いができなかったり、
まったく覚えていなかったり、
深夜酔っぱらって、
冷蔵庫の中のものを食べすぎたり、
お酒がなくなって、
ふらふらとコンビニまで
買いに行ってしまったり、
玄関のチャイムが鳴っても、
酔っ払ってるからと、
居留守を使うために隠れたり、
そして何よりも、
夫に、
そんな醜態を見られたくなくて、
お酒を飲んでいないフリをしたり、
大丈夫なようにふるまったり、
でも、酔ってるから、
感情のコントロールができなくなったり、
大泣きしたり、
私の本意ではないことを
口走ってしまい、
する必要のなかったようなケンカを
してしまったり、
ああ、
時計の針を戻せるのなら、
酒を飲む前の自分に戻りたいと、
何度思ったことだろうか。
わたしは、
そんな自分に
とても『嫌悪感』を持っていました。
隠れて飲んだり、
酔っている自分を隠したり、
それは、
そんな自分を、
『ヒトに見せたくなかったから』じゃないでしょうか。
『ヒトに見られたくない自分』
『見せたくない自分』って、
一体何なのでしょうか。
自分を愛せるのは、
自分しかいないのに。
だけど、『自分のことがキライ』だった。
こんな自分を愛せなかった。
こんな、酒ばかり飲んで、
赤ら顔で、酒臭くて、
翌朝も、息が臭いんじゃないかって思っていて、
そういえば、
体重も増加してしまった。
やせたい、
やせたいと思っているのに、
全然やせられないし。
こんな『醜い自分』なんて、
どうしても愛せなかった。
そして、思ったんです。
ならば、
キライで結構。
とことん、
『醜い自分』をキライになってやろうと。
嫌な気持ちになったり、
後悔してる自分を
とことん、嫌いになってやろうと。
そうすると、
だんだん見えてきたんです。
こうなってしまったのは、
こんなキライな自分になってしまったのは、
全部、『酒』が影響しているなと。
共通点は、
『酒を飲んでいる自分』だなと。
であれば、
悪いのは、自分ではなく、
『酒』だなと。
そうすると、
『自分嫌いな気持ち』も、
少しずつやわらいできて、
ならば、
その悪の根源である『酒』を、
わたしのこれからの人生から
『排除』してやろうと、
そんな気力が
湧いてきたのでした。
そうすれば、
自分が求める、
好きな自分と出会えるかもしれない。
そう、思いました。
では、どうしたら、
『酒』を排除できるようになるのでしょうか?
長くなりそうなので、
この続きはまた次回☆